トリニダ日本祭(記W)

 9月24日にボリビアの一番北にあるベニ県の県都トリニダ市(人口約6万人)の日本語学校が主催する「日本祭」の手伝いに出かけた。われわれが住んでいるサンタクルス県は、52年前のオキナワ移民が日本人と大きく関わったところであるが、ベニ県は、107年前1899年にアマゾンのゴム採集の労働者としてペルーから流れてきた日本人が移り住んだ所であり、日系人の歴史がもっとも古いところである。
<トリニダ日本人会会長 俵積田さんと 向かって左から2人目>

 現在、トリニダ市の日系人会の会長をしている俵積田さんのお宅(日本語学校は、この家の中で開校)をお邪魔し歴史を聞くことが出来たので、ちょっと紹介する。
 明治20年生まれの鹿児島出身の俵積田栄之助さんは、この地へ移住し写真の左側の婦人と結婚し、3人の子供をもうけたとのこと。婦人は今88歳くらいで、30歳くらい歳の差がある栄之助さんと20歳くらいの時一緒になったらしい。太平洋戦争が始まったとき、こちらの日本人は命の危険と日本へ帰る望みがなくなったため、多くの人がこちらの人と一緒になったとのことである。トリニダ市には、約1000人の日系人がいるが日本語は生活の中からはまったくなくなり、青年ボランティアのYさんが開いている日本語学校で細々繋いでいる程度とのこと。但し、日系人ということで、かなりの人が日本へ出稼ぎには行っているようである。
<日本祭で折り紙を教わる子供たち>

 日本語学校と日本人会による「日本祭」は、今年で、3回目である。ボリビア全土から10数名の青年ボランティアも手伝いに駆けつけ、焼きそば、カレー、餃子等の売店や浴衣の着付け、書道、折り紙教室が開かれた。また、青年たちによる、日本の歌の演奏会、よさこい踊りや盆踊りも行われ、数百人?の観客を集めたイベントは成功裏の終わることが出来た。
 夜にシニアの専門家Hさん宅で打ち上げパーテーが行われ、そこでは前日つられたピラニアのから揚げもご馳走に出された。